読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

愛なんて魔法みたいなもの

ずっとわたしの光でいてね、

今だから言えること。

ジャニーズWESTについて。

 

ジャニーズWESTの皆さん、3周年おめでとうございます。

 

うーん、なんか堅苦しくなっちゃうなあ。遂に3周年です。長いようで短かった3年。そりゃ3年も経つんだからわたしはまた受験生でヒィヒィ言いながらセンター試験やら何やら受けるはずだわ。ちなみにただの自己満でしかないこの記事はがっつり受験生をしている2月5日に書いている。でも公開するのは全部終わった3月ぐらいかな?大学生になれてるといいなぁ…(遠い目)

 

 

あの7人になった2014年2月5日は受験戦争真っ只中だったから家で泣いた。嬉し涙だったとは思うんだけど、何故か心の中で漠然と「7人になっちゃったから、多分もうすぐ降りるんだろうな」って思ってた。でも重岡くんが世界1、宇宙1好きだったから降りずにリリイベ行ったりめぇ魂行ったりして、1年頑張ってみた。頑張った結果、やっぱりジャニーズWESTへの拒否反応が消えなかった。見事に降りた。未だになんであの時「7人になったら降りる」って思ってたのか謎だ。

 

1周年の時は、そんなこんなで重岡くんは好きだけど、祝う気なんてさらさらなかった。

 

2周年は、少しまるーくなった。お友達に誘われてたまたま行ったラキセで、ジャニーズWESTに囲まれる重岡くんってとってもいい表情してるなあって気付いた。

あとは多分、関ジュがすごくキラキラしてて、もうたまらなく応援したい気持ちにさせられて、こんなすごい人達引き連れて横アリ来てくれてありがとう重岡くん!!!ってなってたんだと思う。案外チョロいなわたし…(笑)めぇ魂はかなり亡霊が出てきてJrコーナーでもどこでも割と悲しい意味で泣いてたけど、ラキセはどの場面を切り取っても楽しい思い出ばかりだよ。

 

3周年は、コンサートとか無縁の世界で生きていたから、自分の目で見られたものは何も無い。24コンのレポを読んで、いつの間にか大きくなったんだなぁって思った。赤ちゃんと子犬の成長ははやいってよく言うけど、ジャニーズWESTの成長もめちゃくちゃはやい…。自分が年を取ったことを痛感させられた。

 あと、最近は重岡くんを見るとなんだか不思議な気持ちになる。知ってるのに知らない人を見ている気持ち。まあただの情弱オタクなんで知ってるっていっても重岡くんの数パーセントにも満たないんだろうけど(笑)Mステやバラエティでの活躍してる姿を見ていると、なんだかくすぐったいのです。例えるなら、中学の時一緒だった同級生の男の子が彼女と歩いてるのを偶然発見した感じ?「あっ、知ってるけど…!知ってるんだけどちょっと気まずい…!」的な。自分で言っててもよく分かりません。

 

この3年間でジャニーズWESTには色々なことが起きて、重岡くんはどんどん成長して着実にトップアイドルへの階段を登っていた。

重岡くんがデビューして、わたしは色んなことが変わって、でも重岡くんは何も変わらずアイドルで心底安心した。降りた立場でこんなこと言うのもアレだけど、わたしの原点は重岡大毅だ。

 

少し話はずれるが、ずっと仲良くしてくれているお友達(神山くんからK-POPの人に降りた)と「絶対出戻らないしもうDVDも殆ど見ないけど、絶対何も手放せないよね。幸せだったね。」って話をしていた。他の誰かをあの頃の熱量と同じくらいかけて応援することなんてもうないのかもしれない。楽しかったし、辛かったし、1番幸せだった。

あんなに振り回されてデビューして泣かされるのは後にも先にも重岡大毅だけでいい。次はデビューおめでとう!って笑顔で言わせて欲しい、頼む(誰目線)

 

ジャニーズWESTがデビューしてから、オタクだけじゃなくてアイドル側も勿論良いことばかりじゃなかったと思う。勝手な妄想だから真偽のほどは分からないけどね。

関西ジャニーズJrという肩書きを捨てた子が何人もいるし、関西から飛び出してった2人もいる。それはジャニーズWESTがデビューしたのがきっかけと言っても過言ではないと思う。

 でも、また「関西ジャニーズJr」と銘打った映画ができたし、ギャン末改めFunky8がマイク持ってフロントラインで歌っているし、ジャニーズWESTがDK組まで引き連れてツアーまわってる。重岡担始めたばかりのわたしに言っても信じてもらえないようなことばかり起きている。これだからジャニヲタは辞められない。

純粋にジャニーズWESTと関西ジャニーズJrの未来をもう少し近くで見ていたいという気持ちになった。応援している人たちの願いが叶う瞬間を見逃したくないと思った。もう「重岡担」と名乗ることはないけれど、まだ応援していてもいいかな?

 

最後に1つだけ。

いつだってわたしの光でいてくれてありがとう、重岡くん。